ここならフツーでいられる…。
だから東京から新潟に帰ってこようと思った。だけど、やりたい仕事が見つからなかった。

出てからずいぶんたった僕の街には、何か新しいものが生まれる気配もなかった。
だったら作ればいい。仕事も、居場所も。海のあるこの場所で…。
そして、新しい働き方を始めた。

僕がSea Point NIIGATAを立ち上げるまで

少し長くなりますがお付き合いください。僕は金融企業のサラリーマンでした。
たぶん皆さんもテレビCMや、どこかで耳にしたことのある企業だと思います。

当時の僕は勢いづいていて、だけど若かったんだと思います。体力には自身のあるほうでした。早朝から深夜まで仕事をして、飲みに行く日々。だけどある日、それは突然やってきました。

起き上がれない…。
会社に行かれない…。

何度も電話が鳴り、でも電話に出る気力もなくて、明日こそ電話しなきゃと思うのに、でもお風呂も歯磨きもする元気がなくて、翌朝また電話が鳴ったら、やっぱり怖くて出れなくて、そんな日が続きました。

1ヶ月くらいして、ようやく動くことができました。だけど怖くて会社には行けません。平日に散歩に出ました。誰かに見られたら、会社にも行かずにも何やってんの?って思われたら、そうなることに怯えていました。

そんなとある晩秋に、とりあえず実家のある新潟へ帰ります。辺りをブラブラ、あてもなく歩いていました。海に沈む夕日、開いていない海の家。

あ、ここでならフツーの自分でいられるかも…。

と、思いました。こんなに自然で癒される場所が街のすぐそばにあるのに、もったいない。ここだったらありのままでいられそう。2014年11月、することのない自分が寝る間を惜しんで、ヘタクソな絵を描きます。それが今の始まりです。

その後、休職中に熱海のリノベーションスクールに行き、スクールのみんなとDIYをしながら、新潟にも「居場所」を作れるかもと思いました。

そして2015年2月、会社を辞め、新潟にUターンをすることにしました。

まずは7年ぶりの新潟で知り合いを増やす為、雪山をバックに日本酒を両手に持ってほっかぶりをした写真を撮って、それをFacebookのプロフィール写真にし、人に自分の顔を覚えてもらう努力から始めました。

役に立ちそうなイベントには顔を出し、各地のコワーキングスペースでインターンで働いて、まだ何も決まっていないのに、名刺に「海でコワーキングスペースを作ります」と書いて、あてもないホラを吹き続けました。

ですが言葉にするということは大事なことで、そうして地道に活動をしていたところ、関屋浜の海の家を紹介してくれるという人が現れます。そして、当時のSea Point NIIGATAオーナーと出会います。

僕の夢を語ったら、「コワーキング?よくわからないけどとりあえず働けや」と、アルバイトで働くことになって、夏に働いて一緒にお酒を飲み、僕の本気を知ってもらって改装を認めてもらいました。

その年の2015年の冬、お金もないし、誰も来ない海でポツンとやっていても寂しいので、新潟の人に関わってもらおうと、「大人の秘密基地を作る」をテーマに改装計画を考えるワークショップや飲み会を、冬の海の家に集まってやりました。

当時のオーナーの友人も、僕のFacebookを見て集まった人も、誰も使うことのなかった冬の海の家に集まり、総勢300名もの人が入れ替わり立ち替わりしながら、設計やDIYに関わってくれました。そして、今のSea Point NIIGATAに生まれ変わりました。

これが、起業したての僕の新しい働き方のスタートです。

起業という選択はこれまでもたくさんの人がしてきただろうし、特別新しいことではなかったのかもしれません。だけど一サラリーマン僕にとってはとても新しかった。

それまで親の敷いたレールに乗って、周りからおかしくないように思われることばかり気にして、親が幸せだと言うサラリーマンになって、言葉葉巧みに金儲けの為の営業をして、誰の役に立っているのかも分からない、自分がいなくたって何も変わらない、自分で選択した気になっていただけで、勘違い野郎の僕にとっては、ものすごく新しい世界の扉を開けた瞬間だったんです。

オープン後もいろんなことがありました。オープニングパーティーで知らずに廃材でキャンプファイヤーをしたら通報が入って連行されたり、毎晩、飲みながらろくなサービスも出せないでいたり、お金がなくなって社員全員辞めさせてしまったり、失敗もたくさんありました。

それでも、日々改善努力をしながら、運営を続けてきました。起業してから2022年で7年目になります。

この場があって良かったと、昔からの海の家のお客様、新しく来るようになってくれたお客様、いろんな人が言ってくれるようになりました。

昔からのオーナーの仲間や、リニューアルしてから関わってくれるようになったスタッフ、そして、ここにいる同じように起業をしているプレミアムメンバーという同志達、本当にたくさんの皆さんが支えてくれました。

おかげで今もまだ、Sea Point NIIGATAはあります。ただただ運が良かった。本当にここに来るまで人に恵まれてきました。

ずっと支えてもらった僕らです。支えてくれる人達の存在の大きさや応援があったからこそやってこれました。だから今度は僕らがプレミアムメンバーズの皆さんの背中を押す番だと思っています。

働き方も、暮らし方も、遊び方も、メンバーの皆さんがやりたいことをやれるように、生きたい未来を描けるように。

僕らの描く未来

そして、そんな生きたい未来を描いて、その先に進んでいったプレミアムメンバーさん達は「世界」を変えていく人達なのだと思っています。

自分の未来を変えたい人、一歩踏み出した人、踏み出して更に事業で世界進出を目指している人、自分の事業を通して誰かを幸せにしている人、ここにいる人達はそんな人ばかりです。

そんな人達がもっとたくさん集まって出会ったら…。

そこでいろんな話をして、新しいアイディアが生まれるかもしれないし、同じ志を持つビジネスパートナーに出会えるかもしれない。そしてまた新しい「何か」が芽生えて、育って、広がっていったら、きっと想像もできないようなワクワクが溢れる世界が待っている。

でもそれは、偶然を待っているだけじゃ叶わない。だから、偶然が生まれる必然を起こすことが重要で、僕らはシーポイントプレミアムメンバーズサービスでその仕掛けをしていきます。

その結果、僕らも誰かの「世界」を変えることができるかもしれない。もしかしたら一つ一つは点のようなものかもしれません。だけど、変わっていった一つ一つの「世界」がおおきなうねりになって、もっと大きく世界を変えることができるかもしれない。そしてそれを目指していこうと思っています。

「人と人がつながり、新潟から始まる新しい働き方・暮らし方・人との関わり方をつくりたい」

2016年にリニューアルされたSea Point NIIGATAは、50年以上昔からあった「福井亭」から始まります。その歴史は、”面白いことをやりたい”そんな歴史の積み重ね。当時から新しいことに果敢に挑み続け、それまでの常識を変えて新しい未来を作ってきた人達がいました。今日のSea Point NIIGATAには、その精神が溢れています。未来を作る僕らを歴史も後押ししてくれる、Sea Point NIIGATAはそんな場所なのです。

さあ、あなたも新しい働き方で、未来にもっとワクワクしませんか?
そして新しい世界を、僕らと一緒に掴みに行きませんか?

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